失恋して辛い皆さまそして自分自身のために、失恋の人生における意味を考えます。
前回のブログで失恋ソングについて書いたのでその続きを。
音楽鑑賞は趣味でもなんでもなく、ただ移動時間の雑音をかき消すためだけに聞いています。
ただ、どのアーティストが好きかと言われるとMr.Childrenと答えます。
彼らの楽曲に失恋ソングはいくつもあるのだが、今回ハッとさせられたのは「HERO」という曲で、少なくとも失恋ソングではないと解釈しています。
この楽曲を聴いて、失恋は人生を引き立てるスパイスのようなものであると感じました。
(引き立て役としては刺激が強すぎる。。)
楽曲の中にこんなフレーズがあります。「人生をフルコースで深く味わうためのいくつものスパイスが誰もに用意されていて」という2番のサビの冒頭。
確かに今はスパイスを存分に味わっている、いやスパイスに支配されている。人生にはそんな時が誰にでもあるのでしょう。
次にこんなフレーズが続く。「時には苦かったり渋く思うこともあるだろう」と。そうか、スパイスを辛さではなく苦味と渋みで表現している。
これにはハッとさせられました。今の感情は辛さではなく、苦さと渋さのようなもので、ピリッとしたものではないけど、残酷すぎるくらいに舌を、そして心をドロドロとえぐる。何かの食材では表現しきれない。
サビの最後はこう。「そして最後のデザートを笑って食べる君のそばに僕はいたい」。甘さを味わえるのは人生の最期だというのか、あまりにも酷すぎやしないか。
でもそういうものなのでしょう。人生のデザートが何なのかはわからない。死ぬ時に味わうものなのかすらわからない。誰と食べるのかもわからない。ただコースの締めくくりとして何をデザートとするか、三つ星フレンチのオーナーシェフの如く向き合い、人生のフルコースを考え続けるのが人の運命であると。その間に何度も強烈なスパイスを味わうことになるとしても。
失恋は人生を引き立てるためのスパイスなのだ、苦手だから抜いてくれなんて言ってはいけない。
甘いものにはコーヒーや紅茶など苦くて渋いものがよく合う。ミルクティーでは甘すぎて食い合わせが悪い。今はこの失恋を味わい尽くすつもりです。いつかテーブルに運ばれてくるデザートのために。
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